54日目 100301 SANSEBASTIEN



09:00起床。朝食をキッチンで食べて10:00出発。
今日もすばらしい晴天。屋外を廻るには絶好の天気。G2のバスに乗りチリダ・レク美術館へ。

バスの運転手に言うと降りるところを教えてくれる。降りてすぐ前の階段を下り、道路の下のトンネルをくぐると美術館の敷地のエントランスへと続く。

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Zabalaga Farmhouse+Museo Chillida Leku
Eduardo Chillida+Joaguin Montero
2000
Barrio de Jauregui 66,E-20120 Hernani,Spain

■市内からG2(30分に一本)のバスで片道30分ほど。バスの乗り場はインフォで教えてくれる(すいません、通り名をメモし忘れました)

■火曜休み。8.5e。冬季は1030-1500。開館時間は変わることもあるようなのでHPを確認したほうが確実です。オーディオガイドは英語もあり4e。ガイドツアーは英語かスペイン語で6e、一日4回。
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11時前に到着。チケットを買って中へ。

緩やかな丘に点々と40くらいもの屋外彫刻が置かれ、正面に続く道の先には朽ち果てていた農家をチリダとモンテロ(建築家)が共同で改築した美術館がある。

時間は十分にある。外のものから館へ向かう方向に見ていく。

入り口の経歴表によると、チリダは19歳までサッカーのゴールキーパの選手として活躍したようだがケガでその道をあきらめ、建築の勉強を始めた。

が、その道も22,3歳で降り、ファインアートの世界へと転向し、パリに向かう。パリで石膏の彫刻をつくっていたころ、鉄と出会い、またパリと生まれ故郷のバスクの光の違いに気づき、その光を求めてサンセバスチャンに30歳くらいで帰り、その後よく知られるような鉄やコンクリートなどの大きな彫刻を作り始め世界的に活躍するようになった(正確な記述はどこかでお調べください。記憶によるおよそ、です)。

初めて彼の彫刻、というか存在を知ったのは10年前にビルバオのグッゲンハイム美術館を訪ねた時で、大規模な回顧展の案内をしていた。

その時は常設のリチャードセラの彫刻に目を奪われていたのだけれど、その後すこしづつ色々なところで目にし、その建築心をくすぐる形態に興味を持っていった。日本ではあまり紹介されていないように感じる。

彼の彫刻は大きく素材ごとに分類できる。鉄、石、コンクリート、テラコッタ(焼き物)、紙、フェルト、そしてスケッチ。初期の石膏の彫刻は多くは壊れてしまって、またいくつかは本人の手によって壊されて、残っていないらしい。

おそらく最も有名で点数も多いものが鉄の彫刻で、昨日見た海際のものもそうだが、コールテン鋼が使われている。

チリダの鉄の彫刻は、目に見えない力(圧縮力や引っ張り力、ねじれなどの物理的な力)を、鉄という容易には変形しがたい素材に加えることによって、その力自体を形として固定しているのだと思う。

もちろんその形のバランスなどいちいちすばらしいが、鉄でやりたかったことというのはそういうことではないだろうか。

PCの3Dソフト上でのボリュームの変形に慣れている、自分を含めた現代人からすると、あるボリュームを押し縮めたり、折り曲げたりすると、そこにはひずみ等も発生しないが、実際に質量のあるものを折り曲げると内側の物体はスペースを狭められる分外にはみ出てしまい、そこにひずみが生まれる。

そこには彫刻家のコントロールを超えた、自然にできる(できてしまう)形が生まれる。そのずれを彼自身も見たかったのではないだろうか?(もちろん、それは多くある理由と興味のほんの一部でしかないと思うけれど)

石の彫刻は、彼自身の言にもあるように、そこにスペースを見出すことにより、建築的なアプローチをしている。荒々しい形態とテクスチャーを残された石に幾何学的な直線によるボリュームを刳り貫くことにより、石の内部にヴォイドを発見する。

異なる方向から刳り貫かれたヴォイド/ボリュームは交錯し、一方向からでは把握しがたい複雑なヴォイドをその内部に生み出す。これって、まさしくOMAの一部の建築だったり、Steven hollの開口部の考え方と同じではないかーーー!とひとりで唸る。

外形自体もわざと形を完結させないような端部の終わらせ方など、いちいち巧い。作る順番を自然と考えてしまうのだけれど、わざとその推測を覆してくれるような、一手が(形が)施されていたりする。

将棋の数十手先を読むような、感覚なのだろうか。どこから触り始めたかわからない形になっている(操作が循環している)。ゆっくり時間をかけてひとつひとつ丹念に見ていく。

ファームハウス自体の改装もすばらしい。ちょうど10周年で建築過程の写真展をやっていて、解説がカタルーニャ語?しかないので残念だが、写真から、屋根を一度全て外し、間仕切りは一度全て取り払って大々的に改築しているさまがよくわかる。

柱や梁まで彫刻に見えてくる。開口部のスチールサッシの入れ方が外部からはガラスしか見えないように嵌めてあり巧い。素材やディテールまで、自身が手がけただけあって、置かれている作品の空気とよく合っている。

最後にエントランスのショップで本を物色。確か日本ではアマゾンでもあまり手に入らなかった気がする(もちろん手にして見て選べた記憶はない)ので、パブリックな彫刻を中心にまとめたもの、昨日見た海際の彫刻のドキュメント本、そしてこの美術館発行のガイドの三冊を購入。今支払う金額だけ見ると日本で買うより明らかに割安だが、送る送料を考えると安くない買い物となる。が、日本で買えない(であろう)ものだからしょうがない。

結局閉館間際まで4時間近く居たことになる。それくらい、時間があったらもう一巡したいくらい楽しめた。

よく今回の経路を会った人に話すと、どこが一番だった?と訊かれるが、考えたこともないのでいつも返答に困る(というか種類が違うので、あまりうまく比べられない)。が、どこが一番の美術館だったかと聞かれれば、間違いなくここの名を挙げることになると思う。

バスで市内に戻り、宿へ。
溜まっている列車やバスのe-ticketの印刷をフロントで頼むと快くOKしてくれるが、インクがなくなって一枚で終わり。 ネットカフェを尋ねると近くにいっぱいある、とのことなので、忘れ物をしたマフラーの替えを探すのと一緒に見てまわる。

確かにネットカフェはいくつかあり、二軒目で一枚0.15eでusbメモリのpdfを印刷してくれた。マフラーの替えも手に入れた。その隣に本屋を発見し、入る。

どの街でも本屋を見ると入ってし まって、やっぱり建築本をチェックしてしまう。ここはGGから出ている日本で見ない本が多くあり、コンパクトに全集的に作品とプロジェクトをまとめたシ リーズのjorn utzonとoscar neimayerのスペイン語・英語版があり、スペイン語の小さな辞書と一緒に買ってしまう。

スケッチや図面、写真をそれぞれは小さいがすごい密度でまと めていて、全て揃えたいくらいすばらしいシリーズ。特にutzonはこのような本が見当たらなかった覚えがあるので嬉しい。

結局図らずも今日一日で100e近く本を買ってしまったので、せっかくスペイン、しかもバスク最後なので宿で教えてもらった美味しいバルにでも行こうと思っていたのをあきらめ(削られるのはいつも食費。。。)、サンドイッチをテイクアウトして入り江の夕景をベンチで見ながら食べる。

これで大西洋も見納め。しかしサンセバスチャンはいい街だった。夏にはジャズフェスや映画祭も開かれるらしい。毎日が天国のように楽しそう。また来たい。

宿に戻って作業。卒業旅行シーズン、ならびに春が来るので、特にスイスなど予約がとれないことが多そうなこともあり、一気に一ヶ月先くらいまで予定を詰めたいが、調べることが多くなかなか進まない。

リビングで作業していると、夜遅くにチャイムが鳴る。
大きな黒人が二人、早口で話す。昨日直接ここに来て予約したらしいが、あいにくフロントはもう閉まっており従業員はもう居ない。他の宿泊している白人女性が対応してくれるが、どうやら黒人二人の予約は電話で従業員に確認しても取れていないらしい。

頭にきて、早口でまくしたてる。俺が黒だからか、とか母親はジャマイカで父親はロンドンだとか、少し前まではバスケットボールの選手だったのに、とか端々だけ聞き取れる。

結局あきらめて出て行く。彼らが行ってから泊り込みの若い二人のアルバイトが出てきて、実はオフィスの鍵を預かっているが、今日はもう予約はない、と聞いているのでおそらく彼らは出任せを言ってなんとかなると思ったのだろう、と話す。

自分が白人でないせいもあるかもしれないが、特に肌の色によっ てどうという固定観念はないが、このような経験から肌の色に対する印象が固定されていくのかもしれない。それは日本人もしかり、インド人もしかり。経験から印象は生まれる。

明日は早いので早く寝ようと思っていたのに、作業が終わらず結局1時就寝。



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