98日目 100414 PRAHA – LÖBAU


8時過ぎ起床。朝食を食べ(今日のパンはまだましだった)、身支度をして9時半出発。プラハ中央駅に10時着。乗る予定のECは 5分遅れと表示されておりなかなかプラットフォームナンバーが出てこない。昨日席の予約は必ずしも必要ではない、と言われたがそれは予約席もある、ということなので、ちゃんと座れるかすこし不安。

列車到着10分前にホームが表示され、大荷物の群れが大移動。列車に乗り込むと全てコンパートメントで、多くが予約済みの名札が入っている。なんとか名札のない席を確保し、座る。荷物が多いので網棚に乗せるのに苦労する。

ドレスデンで乗り換え。昨日同じ宿だった日本人の方にドレスデンに行くなら、と歩き方のコピーを頂いたが、電車が遅れて外に出る時間もなく、カフェで昼食を食べて、ローバウ行きの電車に乗り換える。

ゆるやかな草原の丘を電車は延々進む。ドイツも豊かな大地だ。本当にヨーロッパはインドと比べ大地が豊かだとつくづく感じる。一時間ほどで到着。ローバウは霧雨。駅前にも店はなく、ちょっと寂しげな街。歩いてハウスシュミンケへ向かう。

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Haus Schminke
Hans Scharoun
1933
Kirchallee 1b,02708 Lobau,Germany

■L?BAU駅を降りて、西に、線路沿いに進み、二つ目の線路を渡る橋(線路と高低差があるので)を北に渡ったところに、サインがあるので従って東に曲がれば北側にすぐ見えてきます。徒歩20分程度。

■0800-1700で見学可能。2,3eでした。かつ二週間前までの事前予約で宿泊可能。55e。ホームページからメールを送ればよいようです。(これもドイツ語のわかるWにお願いしてしまったので、すいません、詳細不明。ただ到着時間変更のメールは英語でもやりとりできたので、メールは英語でも大丈夫そうです。)宿泊の場合、五時までにチェックインできない場合は事前に連絡必要です。(五時に皆家に帰ってしまうので)。朝食付き。内部撮影可能。オーブンレンジまである完璧なキッチンやバスタブもあります。宿泊される場合、駅前からの通り道にも、シュミンケ近くの橋を渡ってまっすぐ行った所にも、8時まで開いているスーパーがあります。
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道が合っているのか少し不安になってきた頃、看板が見えて安心。到着。ベルリンフィルハーモニーホールなどを設計したシャロウンの住宅。スイス人夫妻からも、ポルトで遭ったオーストラリア人からも「マストだ!」と言われていたので、泊まるつもりまでなかったが泊まることにした。

着くと何やら人がいっぱい居る。予約している旨を伝えると、チェックインシートを書いてから内部を案内してくれる。皆ほとんど英語が通じないようで、身振り手振りで教えてもらう。地域の公民館的にも使われているのか?プロジェクターでパワーポイントの投影のチェックをしたり、キッチンでお茶をしたりしている。てっきり共同バスでベッドだけの部屋に宿泊かと思っていたら、どうやら夜は一人、全館で一人きりらしい。一人にしては広すぎる。とりあえず日が暮れる前に外観から撮影しつつ、英語のあるオーディオガイドを聞きながら廻る。

建具周りなど、機能的になっているが、そこまで特筆するほどでもない。全体的に予想していたほどぐっとこない。ちょっと緩慢な印象。ばらばらで統合された感じがあまりしない。建築的な面白さとしては期待していたほどでなく正直もうひとつ。疲れていたのもあるのかもしれない。が、それ以外に勉強になるところがあった。

5時になり、おばさんたちは皆家に帰っていって、鍵束を渡され大きな家に一人きり。すごいシステムだなと感心。言葉も通じないよくわからない外国人に、いくらお金を払ったとはいえ一人で泊まらせる、って勇気がある。日が暮れ始めて撮影しようと一通り照明を付ける。少し休んでから夕食を探しに外へ。少し歩くとスーパーが見つかる。パン屋は19時まででぎりぎり閉まってしまった。せっかく立派なキッチンがあるので料理がしたいのけれど、いかんせん一人なので食材が絶対に余る。しょうがなく冷凍パエリアを買って帰る。ここは少なくとも二人以上で来たほうが絶対楽しい。夏には庭でバーベキューコンロも使えるらしい。

帰ってキッチンで作る。ドイツ語の説明書きが全くわからないのでおそるおそる電子レンジで、結局電気コンロで暖めて食べる。リビングやダイニングは広すぎて落ち着かないので、キッチン脇のテーブルで食べる。

日が暮れたのでカーテンとシャッターを閉めるのも一苦労。箇所が多すぎる。掃き出し窓の木製シャッターは重すぎて大変なのがわかった。広い家、豪邸だとお手伝いさんがいないと成り立たない、ということが身をもってわかる。  思い返せば今まで住んだ家は家の中にほとんど階段がなかった。現在住んでいる家には二階があるが、生活の全ては一階で完結しているため階段を使っていない。階段が生活に入るといかに面倒なものか、がよくわかった。

考えてみれば、海外で、しかも優秀な建築家の作った家に一人で泊まれる、というのはそれがどんなものであれ、貴重な機会だと思う。キッチンで食事を作り、リビングのソファに座り音楽を聴き、お風呂に入り、寝室で休む。一連の動作を通じてプランが体にしみこんでくる。リビングの隣にサンルームがあることの気持ちよさや、ダイニングから庭を望む窓の気持ちよさがわかると同時に、階高が高い二階建ての移動の面倒さ、またこちらの家の天井高はやはり日本人には少し高く、ちょっと落ち着かない、ということがわかる。これは生活してみないとわからなかった。実際に住んでいる家ではないのでものがやけに少ないのも落ち着かない原因。しかし広い。空間の容積と快適さの関係、スケールの適切さの重要性がよくわかる。人それぞれ、生活の種類に応じた空間のスケールがある。ユトレヒトの図書館に行ったときに、手すりの高さの、自分の実感とのかけ離れ具合からこちらでは自分は実施設計ができないな、と思ったのを思い出す。体に染みこんだ寸法感覚が1.2倍くらい違う感じ。

バスタブでお湯を張って入浴。その時点でもう11時半。作業は明日に回して早めに就寝。



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