京都国立近代美術館で行われたPipiloti Ristさんのレクチャーを聞きに行きました。

夜7時からのレクチャーの前の、牧口千夏さんによる展示中のリストの作品解説を含むギャラリートークでのこと。開けて立てた薬箱に仕込まれた小さな画面に映される映像作品について、レクチャー前に展示中の作品を見に来たリストに「開いている薬箱を開け閉めしようとする観客が結構居て、「触らないで下さい」と注意書きをしているんですよ」と話したところ、リストが「それなら、「触らないで下さい。そして水を飲んで下さい」とセンテンスを付け加えたらどうかしら?」と提案したそう。

たったそれだけのことで、がらっとその文章から受ける印象が変わってしまうことに驚く。注意書きも作品の一部に見えてしまうような、そのわずかな、しかしとても遠くにボールを投げてしまうような発想がすばらしい。たったひとつの操作で、ネガティブな印象を与えてしまう注意書きを、なんだろう?と考えさせ、肯定的な人を聞く気にさせる文脈に変えてしまう。

1Fに戻ると、リスト本人がレクチャーで流すスライドの機器調整を行っていた。おそらくコムデギャルソンのきれいな赤と黄色のチェックの上下に水色の靴下姿でぴょんぴょん跳ねている。いつかルイジアナ美術館で見たドキュメンタリー映像での姿と印象が全く変わらない。Livelyという形容がぴったりくる。

定員の200名ちょうどくらいに席が埋まった19時ちょうどにレクチャーが始まる。ビデオアーティストらしく二台のプロジェクターを使い、レクチャーにしてはなかなか立派なスピーカーPAセットが並んでいる。

リストさんはヘッドセットマイクを付けて、時折歩きながら動きながら、わかりやすい英語で話す。いつもの通訳さんなのか同時通訳の間がとてもいい。

最初に座席に置かれていたフライヤーに混じって入れられていた2枚の白い紙を手にとって、と言われる。そこに、まずは目を閉じて自分の顔を描いて下さいと指示が出る。目を開けて描いた時よりうまく描けた気がする。
次に、隣の人の手に鉛筆を握ってもらって、その手を使って(上から握って)自分の顔を描いてみてください、と出る。力を抜いてもらっていても、どうしても意図する方向ではない方に抵抗がかかる。けれども、出来上がった絵は、さっきよりも素直な線になっているように見えて不思議。

写真の右が最初に描いた物で、左が隣の人の手をお借りして描いた物。
これをやる前と後で、会場の雰囲気が、人の話を静かに聞く、というかたちから、和やかなリラックスしたムードにグッと変わっていたのも印象的だった。

「色について、強い色を使うとよく言われるが、現実の色や、その色を見た後に目を閉じた時に残る色の方が断然強い。アーティストだからといってファンタジーを想像できる訳ではない。けれどただ、心の中に残った絵に私たちは集中できる。」と話していた。

昔ヴィムベンダースが、「はじめてカメラを手に入れた時、窓の下の道路をただ撮ってみた。それだけで楽しかった」と、確かユリイカか何かに書いていたのを読んで、なるほどだから彼の映画は気持ちいいのか、と腑に落ちたのを思い出した。ある種の映像作家の作品は、話の筋があってもなくても関係なく、ただそのシーンの映像が気持ちいい、そう思える。和音の響きと進行にとても敏感な作曲家やアレンジャーのように。リストもそこに対する感度と、それを再現再構築する集中力が彼女たらしめているのかもしれない。

四国の丸亀弦一郎美術館での展示の際に四国鉄道の列車に仕掛けた作品も紹介されていた。電車の中に普通に目にする様々なサインがこっそりフォントや見た目はそのままに内容が書き換えられていた。自由席の隣に「みんなの席」とか「外の空気を吸ってみましょう(だったかな)」とか、オノヨーコの作品も好きだ、とリスト自身が話していたが、共通するような、けれどオノヨーコのポエジーとは少し色合いが違う(より透き通った濁ってないような)言葉の使い方だった。ここでも驚くのは、それが日本語になってもその印象が他のビデオアートを初めとした彼女の作品と変わらなかったこと。そしてギャラリートークでのやりとりと同じく、一言でそこにあった文脈を変えてしまえることだった。

最近なぜかリノベーションの仕事が続いているけれど、建築においてもそんな付け足し方ができればと思う。

最後に質問に立った方が、ビデオ作品でいつもとても気持ちよくさせてくれる音楽について、それも彼女が作っているの?と訊いて下さった。Anders Guggisbergという、もう15年もリストと協働している作家が作っているとのことだった。子供が生まれてその世話や旅に出たりで1年ほど仕事を離れていたけれど、また来年から一緒に仕事ができることになり嬉しいと話していた。そういうところを許容できる関係性もすばらしい。



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